決して安くはない授業料を払って専門学校や大学に3年または4年通い、国家試験の受験資格を得て、その国家試験を突破して初めて理学療法士を名乗ることができます。誰しも、仕事のやりがいと同時にそれまでの努力が報われる給料を期待します。理学療法士の年収について調べました。
賃金調査から見る
理学療法士の年収をピタリ示す公的調査は見当たりませんが、毎年公表される厚生労働省の賃金構造基本統計調査が役に立ちます。抽出調査のため、全体像を反映していない場合もありますが、およその検討をつけることはできます。
同調査の統計表「職種・性、年齢階級別きまって支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額」から、職種別に1カ月の給与額と年間の賞与額が分かります。これを基に年収を計算します。調査では、理学療法士は作業療法士と組で一つの職種として扱われています。
2019年調査では409万円
2019年の調査では、「理学療法士、作業療法士」(平均年齢33.3歳、平均勤続年数6.2年)の給与額は28万7500円、賞与額は64万6400円でした。給与額に1年の月数12を掛け、賞与を加えたものを年収とすると、409万6400円になりました。この場合の給与額は、職務手当などの各手当や時間外勤務手当などの超過労働給与額を含みます。
初任給は?
初任給はどれくらいでしょうか。また、将来どれくらいの昇給が期待できるのでしょうか。同調査の統計表「職種・性、年齢階級、経験年数階級別所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額」に、経験年数ごとの給与額、賞与額が示されています。
経験年数は「0年」から「15年以上」まで、5年単位で区切られています。「0年」を初任給とすると、男性は給与額23万1900円、賞与額38万8000円で、年収にすると282万1600円。女性は給与額23万3200円、賞与額27万円で、年収にすると282万5400円でした。
一方、「15年以上」のベテランでは、男性の年収は513万5100円、女性の年収は458万9300円となりました。
理学療法士(作業療法士を含む)の経験年数別の年収
【男性】
【女性】
(給与額は時間外勤務手当などの超過労働給与額を除く、年収は給与額×12+賞与額で本欄が独自に計算)
高いの?安いの?
全産業の平均と比べたら、高いのでしょうか、安いのでしょうか。冒頭でも利用した統計表「職種・性、年齢階級別きまって支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額」で、年齢ごとの金額を比較してみましょう。
「20~24歳」の専門学校、大学を卒業したてのころこそ差はないものの、それより上の年齢では59歳まで全産業の平均を下回る状態が続きます。
理学療法士(作業療法士を含む)の年収の頂点は、男性が「50~54歳」で582万1000円、女性は「50~59歳」で535万6500円でした。
一方、これらの年齢における全産業の平均は、「50~54歳」が614万2600円、「50~59歳」が596万4600円でした。
理学療法士(作業療法士を含む)の年齢別の年収
【男性】
【女性】
全産業の年齢別平均年収
(給与額は職務手当などの各手当や時間外勤務手当などの超過労働給与額を含む、年収は給与額×12+賞与額で本欄が独自に計算)
ほかの医療職と比べたら
同じ医療現場のほかの職種と比べるとどうでしょうか。同調査の統計表「職種別きまって支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額(産業計)」で確かめることができます。診療放射線・診療エックス線技師、看護師、臨床検査技師に比べると、やや低い水準にあることが分かります
医療現場のほかの職種と比較(かっこ内は平均年齢、平均勤続年数)
- 医師 給与額91万0000円 賞与額77万2300円 年収1169万2300円(40.7歳、5.2年)
- 歯科医師 給与額45万400円 賞与額29万6200円 年収570万1000円(36歳、5.7年)
- 薬剤師 給与額39万8600円 賞与額83万3300円 年収561万6500円(39.4歳、7.9年)
- 診療放射線・診療エックス線技師 給与額34万6200円 賞与額86万5100円 年収501万9500円(38.9歳、10年)
- 看護師 給与額33万4400円 賞与額81万6300円 年収482万9100円(39.5歳、8.2年)
- 臨床検査技師 給与額31万1400円 賞与額87万5400円 年収461万2200円(38.7歳、10.1年)
- 理学療法士、作業療法士 給与額28万7500円 賞与額64万6400円 年収409万6400円(33.3歳、6.2年)
- 准看護師 給与額28万2400円 賞与額64万1600円 年収403万400円(50.2歳、11.6年)
- 歯科技工士 給与額29万6200円 賞与額29万3500円 年収384万7900円(38.6歳、10.1年)
- 歯科衛生士 給与額26万8700円 賞与額48万400円 年収370万4800円(34.9歳、6.7年)
- 栄養士 給与額24万6400円 賞与額60万8200円 年収356万5000円(35.4歳、7.7年)
- 看護補助者 給与額21万6400円 賞与額43万5100円 年収303万1900円(46.7歳、8.5年)
(給与額は職務手当などの各手当や時間外勤務手当などの超過労働給与額を含む、年収は給与額×12+賞与額で本欄が独自に計算)
医療経済実態調査から見る
理学療法士の年収を医療機関の種類別に見ると、どんな傾向があるでしょうか。
厚生労働省が2年に1度発表する中央社会保険医療協議会の医療経済実態調査報告を参考にしてみましょう。調査は、全国の医療機関の中から、調査対象を一定割合で無作為に抽出して行われます。2019年11月に公表された第22回調査報告を見てみましょう。数字は2018年度のものです。
報告の中に「職種別常勤職員1人平均給料年(度)額等」というのがあります。理学療法士は、「医師」「看護職員」などと区別して「医療技術員」に分類されています。「医療技術員」にはほかに、診療放射線技師、臨床検査技師、栄養士、作業療法士などが含まれています。
規模大きいほど高い傾向
まず、医療機関の種類別に理学療法士の年収を比較してみましょう。金額は常勤職員1人当たりの給料年額と賞与を合わせたものです。
医療機関の種類別
- 一般病院 464万円
- 一般診療所 435万円
※病床数20床以上の医療機関が病院。金額は1万円未満を切り捨て。
病院が診療所を上回っています。医療機関の規模が大きくなれば給料も高くなる傾向がうかがえます。
国公立が高い傾向
次に、医療機関の開設者別に比較してみましょう。まず一般病院です。
一般病院の開設者別
- 国立 556万円
- 公立 539万円
- 公的 520万円
(日赤、済生会、北海道社会事業協会、厚生連、国民健康保険団体連合会など) - 社会保険関係法人 534万円
(健康保険組合およびその連合会、共済組合およびその連合会、国民健康保険組合) - 医療法人 407万円
- その他 453万円
(公益法人、学校法人、社会福祉法人、医療生協、会社、社会医療法人、その他の法人など) - 個人 453万円
最も高いのは国立です。次に自治体が運営する公立、社会保険関係法人などが続きます。病院を開設している母体の規模が大きいほど高くなる傾向があります。
一般診療所の開設者別
- 個人 397万円
- その他 484万円
(市町村立、国民健康保険組合、社会福祉法人、医療生協など) - 医療法人 431万円
公的な診療所の方が高いことがうかがえます。
理学療法士の職場は、病院・診療所、リハビリテーションセンター、障害者福祉センター、障害児通所・入園施設、保健福祉センター、老人保健施設、高齢者介護施設、プロスポーツチームなどさまざまです。
日本理学療法士協会ウェブサイトが会員12万5372人(2020年3月末現在)について、施設ごとの分布を公開していて、それによると、会員が最も多いのは病院、診療所などの医療施設。その数は8万2819人に上り、全体の3分の2を占めます。
多くの理学療法士は、病院、診療所における給料の動向に影響を受けているといえます。
学歴による違いは?
学歴の違いは給料に影響するのかという点についても見ておきましょう。理学療法士を目指す人の進学先は、大きく分けて専門学校または大学のいずれかです。実際に学生を送り出している専門学校のウェブサイトをのぞいてみました。
大学卒か専門学校卒かで差はほぼ見られず
関西のある専門学校は「大学卒と専門学校卒で給料の差は全くない」と強調しています。大学卒の理学療法士であっても専門学校卒の理学療法士であっても、患者に行うリハビリの内容が同じであれば、病院に入る診療費は変わらないため、給料に差をつける必要はない、という理由です。
別の九州のある専門学校も同様に「一般の医療機関や介護施設では初任給は変わらない」としています。「臨床に出てからがスタート」と言っています。ただ、「国立病院や公立病院、全国的に有名な総合病院など一部の医療機関では学歴によって初任給に差があるところもある」とのことです。
給料増につながる専門能力向上の方法はあるでしょうか。例えば、理学療法士としての専門能力を客観的に評価する資格を取得する機会があります。日本理学療法士協会が理学療法士を対象に認定する認定理学療法士と専門理学療法士です。
認定理学療法士は基礎理学療法、神経理学療法、運動器理学療法など7つの専門分野のうち1つ以上の専門分野に登録し、専門的臨床技能の維持や職能面における理学療法の技術などを高めていくことを目的としています。
専門理学療法士はこの7つの専門分野のうち1つ以上の専門分野に登録し、研究能力を高めていくことを目的としています。
今後の需給関係は?
理学療法士の数の推移と今後の需給関係の見通しについても触れておきましょう。
有資格者は毎年1万人ずつ増加
出典:厚生労働省「医療従事者の需給に関する検討会~理学療法士・作業療法士需給分科会」の2016年4月22日第1回会議資料
理学療法士の数は近年、毎年ほぼ1万人ずつ増えています。これは理学療法士を養成している専門学校や大学の定員が1万4514人(2020年度、学校総数276校~日本理学療法士協会ウェブサイトから)で、国家試験の合格率が86.4%(2020年)ですので、だいたいそのような数字になるのでしょう。
理学療法士の資格登録者数(内閣府の障害者白書から)
2011(平成23)年 9万792人
2012(平成24)年 ―
2013(平成25)年 11万748人
2014(平成26)年 12万72人
2015(平成27)年 ―
2016(平成28)年 13万9251人
2017(平成29)年 15万1588人
2018(平成30)年 16万1468人
2019(令和元)年 17万2252人
養成校定員は横ばい
理学療法士の数は、養成校の増加と共に増えてきました。1963年、日本で最初の理学療法士・作業療法士養成校として、国立療養所東京病院付属リハビリテーション学院(2008年閉校)が東京に開設され、以降、養成校は漸増を続けていました。
それが1990年代の規制緩和を機に急増しました。同時に理学療法士の活動の場も、医療施設にとどまらず、介護施設や介護予防、スポーツなどに広がっていきました。2009年以降、養成校の定員は横ばいを続けています。
需要数を上回る
これに対し、需要の見通しはどうなのでしょうか。関係団体や識者で構成される厚生労働省「医療従事者の需給に関する検討会」の「理学療法士・作業療法士需給分科会」で、検討が進められています。
2019年4月5日の第3回分科会会議で同省が示した「理学療法士・作業療法士の需給推計について」は、「PT(理学療法士)・OT(作業療法士)の供給数は、現時点においては、需要数を上回っており、2040年頃には供給数が需要数の約1.5倍となる結果となった」と指摘しました。
こうした課題を踏まえ、同省は同会議において今後の方向性として、「将来の需給バランスを見据えると、学校養成施設に対する養成の質の評価、適切な指導等を行うこと等により、計画的な人員養成を行うことが必要ではないか」との案を示しました。
過去、理学療法士の数は右肩上がりで増えてきましたが、国の政策においては今後、養成数を計画的に調整していくことも視野に入ってきているようです。
まとめ
実際に理学療法士の仕事に就いている人たちは、この仕事にどのような価値観を持って臨んでいるのでしょう。
専門性や奉仕・社会貢献に価値観
厚生労働省職業情報提供サイト(日本版O-NET)の「理学療法士」の仕事を紹介するページを見てみます。「しごと能力 プロフィール」の欄は「それぞれの職業に就かれている一部の方にアンケート調査を行い、回答の平均値や比率をまとめたもの」(同サイトの説明)です。この中に「仕事価値観」というのがあります。
それによると、現場の理学療法士が挙げる仕事の価値観は、「専門性」や「奉仕・社会貢献」「達成感」などが「労働条件(雇用や報酬の安定性)」を抜いて、上位に来ています。理学療法の現場が何で支えられているのか、その一端を垣間見ることができます。
理学療法士の年収は、全産業また医療職の中ではやや低めという傾向がうかがえましたが、処遇改善にはさらなる地位の向上などが課題になるのでしょう。