医療事務と聞いたときに、私たちはどんな仕事を想像するでしょうか。受診のため病院や診療所を訪れたときに最初に向かう受付窓口で応対している職員や、受診を終えた人が料金を支払う会計窓口の職員の姿が思い浮かびそうです。どちらも医療事務と呼ばれる職種の代表的な仕事です。そして、こうして目には見えませんが、診療報酬請求業務という医療機関特有の事務も主要な仕事の一つです。
医療事務の仕事に携わるのに資格は必要ありませんが、専門性の高いサービスを提供する医療機関での事務という仕事柄、その能力を客観的に証明し、求人側である医療機関にアピールできる資格試験もいろいろあります。
また、多くの医療機関の窓口の風景からうかがえるように、女性が活躍する仕事の一つにもなっています。医療はほかの業種に比べれば景気の影響を受けにくいため、安定した仕事としての人気もあります。
では、医療事務の仕事の内容や気になる給料、求人の数などについて、具体的に見ていきましょう。
医療事務とは、どんな仕事?
医療事務の仕事は大きく分けて次の3つがあります。医療機関の規模によってさらに細分化されている場合もあります。
- 受付業務
- 会計業務
- 診療報酬請求業務
受付業務
受付窓口で訪れた受診者に応対します。診察券や保険証の提示を求めたり、簡単な問診などを行い、カルテの準備や病状に応じた診療科への案内をします。受診者が迷うことがないよう、適切な案内が求められます。また、規模の大きい病院では、別に診療科ごとの受付もあります。
受付は病院や診療所の前面に出て受診者と接するだけに、その印象を左右する仕事でもあり、接遇マナーも重視されるでしょう。
歯科医院などでは、ほかに電話での予約受付や診療予定の管理なども行います。
会計業務
会計窓口では受診を終えた患者に対し、診察費を計算し、受診者の保険証に応じた自己負担額を請求します。投薬指示がある場合には処方箋を発行します。このときに使われる診療報酬点数表は、医療事務の仕事に欠かせず、理解していなといけません。会計業務は、レセプト(診療報酬明細書)作成業務と並んで、医療事務ならではの知識が求められる仕事です。
診療報酬請求業務
医療事務の業務の柱といえます。レセプトの作成から請求までを行います。レセプトとは医療機関が保険者である健康保険組合などに医療費を請求するため、患者に行った処置や使った薬を記載した明細書のことです。患者が支払うのは診察費の一部。残りは保険者である自治体や健康保険組合などに請求します。病院経営に関わる重要な仕事です。
月に1度、患者ごとの1カ月間のレセプトを作成します。その後、医師のカルテと照合して誤りがないかなど、内容が適切であるかをチェックし、保険者に請求します。専門的な知識と正確な処理能力が求められます。
就職先はどんな所があるの?
医療事務の仕事があるのは主に次のような医療機関です。同じ医療事務であっても、医療機関の規模や種類によって仕事の内容も変わってきます。
- 病院
- 診療所
- 歯科医院
- 調剤薬局
- 健診センター
病院
病床数20床以上の医療機関を病院と呼びます。総合病院などの大規模な病院では「受付」「会計」「請求」などに分業化されていて、役割分担が明確にされていることが多いでしょう。
診療所
診療所は地域医療を担う小規模な医療機関です。医療事務従事者は、受付から会計まで一連の業務をほとんど担当します。
歯科医院
歯科医院は歯科専門の小規模な医療機関です。予約制のところがほとんどのため、受付・会計業務やレセプト作成・点検などの一般的な医療事務の業務のほか、診療予定の管理なども行います。
調剤薬局
医薬分業の進展で、調剤薬局をあちらこちらで見かけます。調剤事務の仕事は、保険証の確認、患者が持ってきた処方箋の入力や会計、レセプトの作成などです。
健診センター
健康診断を行う施設ですので、予約受付、受診者の案内、健診データの入力や発送などが主な業務となります。接遇マナーが重視される職場といえます。
仕事としての魅力は?
医療事務の魅力としてよく挙げられるのが、次のような点です。携わる人に女性が多いことから、それに伴う特徴が出ています。
- 働き方の選択肢がある
- 家事や育児と両立しやすい
- 資格や実務経験があれば、どの地域でも通用する
- 医療事務資格の多くは、学歴や実務経験の有無を問わない
- 専門的な知識や技能を身につけられる
- 離職期間があっても再就職しやすい
働き方の選択肢がある
医療事務の仕事は、正社員だけでなく派遣社員やパートタイム、アルバイトなど、いろいろな勤務形態があります。自分のライフスタイルに合わせて無理なく働けるのは大きな魅力です。
家事や育児と両立しやすい
女性の場合、いったん家庭に入ったあとの復職や、子育てをしながらの勤務は大変ですが、医療事務の場合、女性が多く活躍する職場環境であるため、生活に合わせて勤務の時間や日数を決められるなど、家庭と仕事を両立するための柔軟な勤務体系が整えられていることが期待できます。
資格や実務経験があれば、どの地域でも通用する
医療機関は全国にありますから、医療事務の経験や技能があれば、結婚や出産、引っ越しなどで住む所が変わっても、職探しに有利です。また、医療機関は至る所にありますから、職住近接が可能で、家事や育児などと両立したい人にも向いている仕事です。
医療事務資格の多くは、学歴や実務経験の有無を問わない
医療事務資格の多くは受験資格として、学歴や実務経験の有無を問いません。したがって、医療機関で働くための資格の中では挑戦しやすいものといえます。手に職をつけて、安定した職場で働きたいという人の就職先として魅力があります。
専門的な知識や技能を身につけられる
医療事務はレセプトの点検業務など専門的な能力を求められるため、知識や技能を習得すれば、定年後など、長く続けやすい仕事といえます。
離職期間があっても再就職しやすい
子育てなどで離職期間があっても、医療事務は経験を重視する傾向があり、復職しやすい仕事といえます。子育てが一段落してから実務経験を生かして仕事に復帰することも可能でしょう。
資格は必要?
医療事務の仕事に携わるのに資格は必要ありません。実際、経験や資格の有無を問わない求人も多く見られます。資格を持たず医療事務の仕事に携わっている人もたくさんいます。ウェブ上には「病院は資格より経験を重視。就職して現場で学んだ方が効率的」などの経験者の声もあります。
一方、医療事務にはレセプト作成業務など専門的要素もありますので、就職の際、実務経験がない場合、資格があれば選考で有利に働くことは期待できます。
どんな資格があるの?
さまざまな資格がありますが、いずれも民間団体などが独自に設けている民間資格です。国が認定する国家資格はありません。各団体がそれぞれ医療事務資格を掲げて資格試験を実施しているため、数が多く、名称も似通ったものとなっています。取得を目指す際は、実施団体がどこであるかとか、資格の特徴をよく確かめる必要があるでしょう。
代表的とされる資格としては次のようなものがあります。
- 医療事務技能審査試験
- 医科医療事務管理士技能認定試験
- 診療報酬請求事務能力認定試験
- 医療事務認定実務者
- 医科2級医療事務実務能力認定試験
※以下は2020年11月27日現在、各実施団体がホームページで公表している内容などに基づいています。
医療事務技能審査試験
【実施団体】一般財団法人日本医療教育財団。同財団は医療に係る人材育成や能力評価事業を展開しています。
【資格の概要】医療事務職の知識や技能について、個々のレベルが客観的に判断できるものとして、医療機関からも高く評価されています。診療報酬請求事務技能や医療機関での受付業務、患者接遇など、医療事務職に必要な能力を審査・証明します(同財団HPから)。
- 受験資格 不問
- 試験科目 実技と学科(医科と歯科に分けて実施)
- 受験料 7700円(税込み)
医科医療事務管理士技能認定試験
【実施団体】株式会社技能認定振興協会。同社は、医療事務事業者、各種専門技能従事者に必要な技能および知識を認定し、これを証明するための検定試験を実施しています。
【資格の概要】日本で最初の「医療事務の資格」として、幅広く医療機関に認知された資格です。医療機関の中で最初に患者様と接するのが医事課職員、いわば病院の顔です。診察の受付やカルテ管理、会計、診療費の請求等、さまざまな業務を担当します。患者様に対する接遇力はもちろん、カルテの内容をきちんと理解し、正確に治療費を計算する知識とスキルも大切です(同社HPから)。
- 受験資格 不問
- 試験科目 実技と学科
- 受験料 7500円(税込み)
- 合格率 53~70%(2020年実績)
診療報酬請求事務能力認定試験
【実施団体】公益財団法人日本医療保険事務協会。同財団は、診療報酬請求事務従事者の資質の向上と医療保険事務の効率化を図り、 医療保険制度の円滑な運営に寄与することを目的として、能力認定試験や研修、出版などの事業を展開しています。
【資格の概要】診療報酬請求事務に従事する者の資質の向上を図るため実施する全国一斉統一試験です(同財団HPから)。医療事務資格の中では難関と評されています。
- 受験資格 不問
- 試験科目 学科と実技(医科と歯科に分けて実施)
- 受験料 9000円(税込み)
- 合格率 30%前後
医療事務認定実務者
【実施団体】全国医療福祉教育協会。同団体は、医療関連や福祉関連でのIT化、そしてサービス業として大きく変わりゆく現場に対応した人材を育成し、その能力を認定するために「実務能力認定試験」および「認定実務者試験」 を実施しています。
【試験の概要】接遇とマナー、医療機関における各種制度、医療事務業務の流れ、診療報酬に関する知識、および診療報酬明細書の作成技能を客観的に判断する試験です(同団体HPから)。
- 受験資格 不問
- 試験科目 学科と実技
- 受験料 5000円(一般、税込み)、4500円(認定機関の受講生、税込み)
- 合格率 60~80%
医科2級医療事務実務能力認定試験
【実施団体】全国医療福祉教育協会
【試験の概要】診療報酬明細書作成技能を含む診療報酬に関する知識、医療関連法規に関する知識を客観的に判断する試験です(同団体HPから)。
- 受験資格 不問
- 試験科目 学科と実技
- 受験料 7700円(一般、税込み)、7200円(認定機関の受講生、税込み)
- 合格率 60~80%
◆ 試験に向けた勉強方法
市販の参考書を購入して独自に勉強▽専門学校や通学講座に通う▽通信講座で学ぶ―などの方法があります。費用で比較すれば、独自に勉強する方法が最も低く抑えらえますが、強い意志が求められそうです。一方、専門学校に通うとなると相当の費用と時間を掛けなければなりません。通学講座や通信講座なら、それほどの費用を掛けずに用意されたスケジュールに従って学ぶことができそうです。
◆ 講座受講に公的支援制度も
費用の面では、公的な支援制度を利用できる場合もあります。ハローワーク(公共職業安定所)が実施する公共職業訓練や求職者支援制度、厚生労働省が実施する教育訓練給付制度などに、医療事務を学ぶコースが用意されるなどしています。お住まいの地域を管轄するハローワークに相談してみましょう。
給料はどれくらい?
医療事務に携わる正社員の給料ではありますが、参考になる統計資料があります。厚生労働省が発表する中央社会保険医療協議会の医療経済実態調査報告です。報告では、医療事務従事者は、「医師」「看護師」などと区別して「事務職員」に分類されています。
2019年11月に公表された最新の第22回調査報告によると、「事務職員」の給料と賞与の合計年額はいずれも平均で、一般病院が約421万円、一般診療所が約305万円、歯科診療所が約262万円、保険薬局が約260万円となっています。医療機関の規模が大きいほど、高額になる傾向を見て取ることができます。
求人は十分あるの?
全国の病院数、病床数は近年、減少傾向にありますが、一般診療所、歯科診療所の増加数が病院数の減少数を上回り、医療施設の総数としては増え続けています。厚生労働省の医療施設(動態)調査によると、全国の医療施設の数は2009年が17万6471施設だったのに対し、2019年は17万9416施設で、10年間で約3000施設増えました。
このため、医療事務の需要はずっと維持されているといえます。医療事務の実務経験や技能、また資格を持っていれば、即戦力として全国どこの病院でも、就業できる機会があります。
まとめ
医療事務の求人は幅広く、経験や資格の有無を問わない募集も多く見られます。また雇用の形態も、正社員のほかパートタイムや派遣社員などさまざまあり、自分のライフスタイルに合わせた勤務の形を選択することができます。
資格についても、就職時のアピールの材料になりますが、実際の現場では、机の上で学ぶことより実務から学ぶことの方が大切との経験者の声もあります。診療報酬請求事務能力認定試験以外は、医療機関側にそれほど正確に価値を把握されているわけではないとの見方もあります。
そして、何より、仕事のやりがいという点で、経験者が語るのは、医療事務は患者と接する場面が多いことから、感謝の言葉を掛けられる機会も多く、そこに喜びを感じることができる仕事だということです。