削った後の歯を補うための詰め物や入れ歯などの歯科技工物を製作する職業……それが『歯科技工士』です。
現代の歯科医療において無くてはならない重要な仕事であり、世間的に「健康な歯を維持する」ということと、「年齢を問わず自然で美しい歯を求める」というニーズが高まっていることから、仕事の需要も増加傾向にあります。
ただ、「どうやったら歯科技工士になれるの?」という点をご存じない方は多いかもしれません。
今回は、この仕事に就くために必要なことや独立開業するための方法などに焦点を当てて、お話していこうと思います。
どうすれば歯科技工士になれるのか?
まずは資格取得を目指す必要がある
まず、歯科技工士として働くために必須となるのは、“歯科技工士の国家試験に合格した後に、厚生労働大臣指定の登録機関に申請をする”ことです。
そして、国家試験を受けるための受験資格を得るためには、以下の学校を卒業する必要があります。
②都道府県知事の指定した『歯科技工士養成所』
上記のように書くと難しく感じるかもしれませんが、要するに「高校卒業後に、歯科技工士のことを学べる学校に進学し、所定の学科を修了すれば良い」というだけの話です。
歯科技工士のことを学べる学校・期間は、以下が挙げられます。
- 大学:4年制
- 短期大学:2年制
- 専門学校など:2年制、3年制
この養成機関に関しては、志望者の減少に伴い、養成機関そのものも減少傾向にあるのが現状です。
例えば、2000年頃までは『70校』を超えていたものが、2016年では『52校』まで減少してしまいました。
今後、学校の数が増減するかどうかは、志望者次第ではあります。
とはいえ、歯科技工士のニーズそのものは確かに存在し、『若者の歯科技工士を増やさなければいけない』という課題もあることから、歯科技工士そのものの働き方改革が成されてくれば「志望者も増加してくるのではないか?」と考えられています。
どの学校を選ぶべきなのか?
大学・短大・専門学校と、進学する学校は多岐に渡り、「どの学校に進学すべきなのか?」と悩む人も少なくありません。
勉強期間も2年~4年と開きがありますし、学費だって大きく異なります。
最も一般的なのは、2年制の専門学校に通うことです。
養成所の数も他に比べて多く、ここで歯科技工士として必要となる知識や技術を学んで、資格取得に臨む人が多いとされています。
加えて、専門学校の場合は『夜間課程』を設けているところもあるため、他の仕事をしながら歯科技工士を目指すことも可能となります。
ただし、「より高度かつ幅広い知識や技術を学びたい」と考える人は、3年制の専門学校や大学・短大を選択するのもいいでしょう。
特に4年制の大学ともなれば、生体工学や再生医療学などの分野を(実習を含め)学ぶことができます。
「将来のために、歯科技工士以外の可能性も視野に入れておきたい」という場合は、大学や短大に進学した方が良いかとも思います。
資格について
試験の概要
次に、歯科技工士の試験内容について触れていきたいと思います。
表にまとめると、以下のようになります。
試験内容と合格基準について
試験は、『学説試験』と『実地試験』の2種類があります。
『学説試験』は全て択一方式であり、3肢もしくは4肢選択のマークシート方式となります。
出題される試験問題は以下の通りです。
- 歯科理工学
- 歯の解剖学
- 顎口腔機能学
- 有床義歯技工学
- 歯冠修復技工学
- 矯正歯科技工学
- 小児歯科技工学
- 関係法規
次に実技試験ですが、以下のような問題が出題されます。
- 歯の配列:人口歯を上下顎ともに並べて歯肉を形成する
- 歯型彫刻:石こうブロックで歯の形を彫刻する
- 任意問題:試験日当日に発表される実技の出題に従い補綴物を製作する
合格基準ですが、これは年度によって若干の差異があります。
例えば、2020年の場合だと、以下が合格基準に定められていました。
・実地試験:1課題を30点の90点満点中、54点以上(60%)を合格とする
合格率はどのくらい?
まず、近年の合格率は『95%前後』と非常に高い数値を誇っています。
以下は、2016年~2020年の『受験者数』『合格者数』『合格率』の一覧表となります。
専門の学校で勉強した後に受験することから、合格率は高くなっています。
ちなみに、勉強方法についてですが、基本的には学校の授業をしっかりと受け、授業の内容をキチンと理解できていれば、そこまで不安を感じることはありません。
彫刻の実技なども、しっかりと練習量をこなし、学説試験に関しても問題集や過去問を繰り返し勉強して対策さえ取っていれば、不合格となることは早々ありません。
歯科技工士は減少している…?
就業者の現状について
前述の受験者数の数字をご覧いただければ分かる通り、歯科技工士の志望者(若者)が毎年減っていることが問題となっています。
また、離職者数も年々増加しています。
以下は、就業率の推移となりますが、その数字は確かに減少し続けています。
ご覧の通り、平成28年の時点で免許取得者の約7割の人が、歯科技工士として就業していないという状況です。
なぜ減少し続けているのか?
現状は、20代・30代の離職者が多いと言われています。
この離職者の多さの原因の一つとして挙げられているのが、「労働条件もしくは職場環境が良くない」というものです。
別の記事でもご紹介しましたが、歯科技工士の就職先の7割以上が『歯科技工所』になります。
この歯科技工所の給与面の平均ですが、以下の数値と言われています。
- 初任給:15万~18万円
- 20代:20万円強
そして、歯科技工士全体の平均年収のボリュームゾーンは、350万~400万円。
学校で2年以上勉強した後に、国家試験を取得……という条件の割に、給与は低水準と言わざるを得ません。
また、歯科技工所で勤務する場合、『労働時間』もネックになってくることがあります。
歯科技工所が技工物を製作する場合、その技工物の製作を依頼するのは『提携している歯科クリニックや病院』となります。
これは、歯科医師が患者の歯を治療した後に、『歯の型』を取った歯型模型が技工所へ送られてきます。
歯科技工士は、この歯型模型をもとにして技工物を製作・納品をするのですが……、患者の次の治療スケジュールに合わせて、納期が決められていることが多いのです。
もし製作(依頼)が重なってしまった場合は、その納期に合わせて業務を行っていく必要があるため、残業が続くことがあり結果として労働時間が長くなってしまいます。
もちろん、上記でお話した内容は勤務先によって異なります。
ただ、多くの(若手)歯科技工士が、「労働条件と収入が見合っていない」と感じてはいるようです。
それは、資格の受験者数や就業率を見れば一目瞭然かと思います。
今後、この仕事はどうなっていくのか?
歯科技工士は、冒頭でもお伝えした通り『歯の健康/審美性』という観点で、今後も需要は高まっていくと予想されています。
そして、それに合わせて、若い歯科技工士を必要としていることも事実です。
その理由は、大きく2つあります。
②技術の高度化・デジタル化
それぞれ、もう少し掘り下げてみましょう。
①近い将来、歯科技工士が不足する?
これまでにご紹介してきた通り、若手(20代・30代)の就業率は減少し続けています。
対して、50代以上の歯科技工士は、全体の50%弱と言われており、『歯科技工士の高齢化』が進んでいるのが現状です。
つまり、この半数近くの50代以上の人たちが退職する頃に、現状のように若手の歯科技工士の割合が少ないままであれば……歯科技工士が大幅に不足してしまう事態に陥ってしまう可能性があります。
②技術の高度化・デジタル化
もう一つの理由は、『技術の高度化・デジタル化』が挙げられます。
技術の進歩というのは非常に早く、それは医療業界においても同じことが言えます。
例えば、インプラント治療。このような、新しい且つ高度な技工技術が今後も誕生してくるでしょう。
また、CAD/CAMなどの設計・加工システムなどの登場で、歯科技工士の世界は大きな変化を迎えました。
CAD/CAMのことを端的に言うと、コンピュータを利用して『口腔内のコピーを得る』というもので、作業精度と速度が飛躍的に向上したのです。
このように、技術の高度化・デジタル化に対応していくために、若者の力は益々必要なものとなってきます。
海外にも需要がある
近年、アジア各国からの技工物(輸入物)を選ぶ歯科医師も増加しています。
以前は「質が悪い」という声も上がっていましたが、技工レベルの上昇+単価が安いという点が少しずつ評価されてきているのです。
その逆に、日本の歯科技工技術の高さを評価して、海外から日本の歯科技工士に仕事を依頼する人もいます(これはあくまで世界的に有名な歯科技工士が大半となりますが)。
これらを踏まえて言い方を変えると、スキルがあれば海外にも需要があるということでもあります。
海外からも依頼が来る歯科技工士になることはもちろん、知識・技術を磨いて海外で仕事ができる可能性だってあります。
このように、今後も働き方は多様化していくこととなるかもしれません。
独立・開業するために必要なこと
歯科技工士の数は減る一方ですが、対して歯科技工所の開業は増加しています。
高い知識・技術・技能を有していれば、独立することで大幅な収入アップが見込める可能性があるからです。
ここでは、開業するために必要なことについて、触れていこうと思います。
届出を行う必要がある
歯科技工所を開業するためには、保健所へ届出を出す必要があります。
これは、施設開設後10日以内に、開設した歯科技工所の所在地を管轄している保健所へ提出しなければいけません。
もしこの届出を提出しない(きちんと手続きをしなかった)場合は、30万円以下の罰金に処されてしまいます。
ちなみに、届出は『内容の変更/休止/廃止/再開』した場合も、10日以内の届出を行う必要があります(しなかった場合も罰金の対象内となる)。
何かあった際は、必ず期日に従って所定の保健所へ届出を提出するようにして下さい。
必要な書類はどんなもの?
お先に注意点をお話しておきますが、届出内容は「提出(管轄)する保健所によって多少の違いがある」ため、開設の前段階で事前に管轄する保健所へ問い合わせ・相談を行うようにして下さい。
そして、届出時に必要となる書類は、以下が挙げられます。
・歯科技工所の名称
・開設した場所
・管理者の住所・氏名
・業務に従事する人の氏名
その他としては、『定款と寄付行為を添付(法人のみ)/周囲の見取り図/構造概要等/技巧書の面積や平面図』と言ったものが必要となる場合もあります。
ただし、上記でもお伝えした通り、保健所によって必要なものは変わるので、必ず事前に確認するようにして下さい。
開業すれば、儲かるの?
一番気になるのは、この点だと思います。
結論を言ってしまうと、『”あなた”の努力次第』です。
実際問題、開業したは良いものの、軌道に乗せられずに失敗・廃業したというパターンも多いのです。
一番多いパターンとしては、以下の2点が挙げられます。
②マーケティング能力に欠けていた
特に②は要注意点です。
極論を言うと、“開業してすぐに、取引先・顧客が見つかることは稀”なのです。
もちろん、開業するまでに様々な人脈を作り上げてきた人であれば可能かもしれませんが、少なくとも「取引先はすぐに見つかるだろう!」と甘い考えで開業した人は失敗する可能性が高くなります(そういう考えの人は少ないかとは思いますが……)。
いくら技工技術に優れていたとしても、それをアピールする『営業力』がなければ、取引には繋がりません。
また、取引先はあったものの、歯科医師が求めていたものを製作できなかったり、希望の料金に近づけることができなかったりなどの、『取引先の希望に沿うことができなかった場合』も、大事な取引先を失うことに繋がります。
当然のことながら、開業をするためには多額の開業資金を必要とします。
もちろんその資金を全て自分で用意する必要はなく、融資を受けることはできます。……が、借りたものは返していかなくてはいけません。
「開業して、本当にやっていけるのか?」
大切なのは、開業する前に、ある程度の見込みをイメージしておくことです。
会社は、技術だけでは成り立ちません。
技術はもちろんのこと、経営力・営業力など、様々な要素が必要となってくるのです。
それらを踏まえて「開業するために何を学ぶべきか?」を、開業前からしっかりと学んでいくといいでしょう。
まとめ
最初は、歯科技工所や歯科医院で経験を積んでいくことから初めていくこととなります。
しかし、その後長く生き残っていくためには、自分にしかできないオリジナリティが求められていく仕事なのです。
言い方が悪く聞こえるかもしれませんが、『誰にでも作れる技工物』であれば、長期的に業務提携を結ぶことは難しいでしょう。
それを購入するなら、海外の単価の低い技工物を購入する方が賢明です。
技工技術はもちろんのこと、最新の技術・知識に対応できる柔軟性など、様々なものに目を向けていく必要はあります。
また、自身で独立・開業をしていく際も、先を見据えながら慎重に事を進めていくべきです。
『開業=ゴール』ではありません。
むしろ、
『開業=スタート』なのです。
このことを踏まえて、「長く生き残っていくためには何を学んでいくべきか?」をしっかりと考え、あなただけの”特別な何か”を得ていくと良いかと思います。
需要は確かに存在します。大切なのは、それを“どう活かすか”です。
そして、今後の可能性も十分にあります。
特に、若手の歯科技工士は、今後必ず重宝される可能性があります。
それを見据えて、今のうちから歯科技工士についての知識と技術を深めていくのも、良いかもしれません。