歯科医療の世界には、様々な職業が存在します。
代表的なものは歯科医師ですが、他にも『歯科衛生士』『歯科助手』……そして『歯科技工士』と多様です。
今回は、上記『歯科技工士』について詳しくお話をしていこうと思いますが、この仕事は治療の現場において表立って活躍する仕事ではありません。
もしかしたら、「名前を聞いたことがない」という人もいらっしゃるかもしれません。
しかし、歯科医療の中でも非常に重要なポジションを担う仕事です。
- 「業務内容はどのようなものなのか?」
- 「どんなところで働いているのか?」
- 「収入はどのくらいなのか?」
こういった点を中心に、ご紹介していこうと思います。
歯科技工士って何?
歯科技工物を作る仕事
この仕事のことを端的に表現するのであれば、「患者の治療に必要な、歯科技工物を制作・修理・加工すること」です。
例えば、虫歯になって歯を削ったり・歯を抜いてしまったりということがありますが、一度失われた歯が元に戻ることはありません。
しかし、削った歯をそのままにしておいたり、抜いた歯の部分を放置しておけば、そこから虫歯などの新たな病気に発展する可能性があります。
また、歯を抜いたままにしておけば、以下のような問題に発展する恐れが高まります。
・対合する歯が浮いて弱くなる
・噛む機能が低下する
・発音障害を起こす恐れがある
・審美性(見た目)が悪くなる
歯並びが悪くなってしまうと、歯や顎だけでなく、頭痛や肩こりなどの身体全体の不調を起こしてしまう要因にもなります。
こういった問題を防ぐために、「治療後の歯(があった部分)の代わりとなる物を詰める」必要があり、その歯科技工物を制作するのが『歯科技工士』の仕事なのです。
歯科技工物ってどんなもの?
一言で歯科技工物と言っても、用途によってその種類は様々です。
以下に代表的なものをご紹介していきましょう。
インレー
インレーとは、『詰め物』のことです。
虫歯治療の際は、患部を削るという治療を行いますが、その削り取った部分を『塞ぐ』時に利用されます。
インレーのメリットは、設置のために削る歯質の量が少なくて済むことです。
しかし、強度はあまり高くなく、下記のクラウンよりも破損しやすいといったデメリットも存在します。
クラウン
インレーが『詰め物』であったのに対し、こちらは『被せ物』となります。
文字通り、治療後に技工物を「被せる」ことで、歯の形や機能を回復します。
尚、インレーとは『処置範囲』によって使い分けがされます。
処置範囲が狭い場合は『インレー』を、広い場合は『クラウン』が利用されます。
ブリッジ
これは、虫歯や事故など諸事情によって歯を失った時に用いられる技工物です。
喪失してしまった歯の両隣にある歯を支えとして、文字通り「橋を渡すようにして」義歯を入れています。
ブリッジの欠点は、支えとなる歯を削る必要があるという点です。
異常のない健康な歯を削るということは、当然支えとなる歯に負担が掛かる可能性があります。
部分入れ歯
上記ブリッジと同じく、部分的に喪失した歯を補うためのものです。
『クラスプ』という留め具を使い、残っている歯と固定します。
取り外しが可能であり、比較的安価に作成できるという特徴があります。
総入れ歯
『総義歯』とも呼ばれており、上か下の顎に歯が1本もない場合に用いられます。
総入れ歯の場合、支えにできる他の歯が一切存在しないため、口腔内の粘膜に密着させることで安定させます。
インプラント
近年、新たな治療法として注目を集めている技法です。
『インプラント』とは、人口の材料や部品を体に入れることの総称です。
歯を失った顎の骨に、『生体材料』という体に馴染みやすい材料で作られた歯根の一部もしくは全てを埋め込み、それを土台にして人口歯を取り付けていきます。
歯根の代わりとなる「フィクスチャ―」というネジ、歯の部分にあたる「上部構造」、そしてその双方を連結する「アバットメント」で構成されています。
ブリッジや部分入れ歯との大きな違いは、周囲の歯を支えにしないことです。
そのため、残っている歯への負担が少なく、また天然歯(元々ある自分の歯)に近い機能や審美性の回復が可能となります。
ただし、以下のようなデメリットも存在します。
・自由診療のため、治療費が高額
・治療期間が長い
・顎骨の骨量や骨質の影響を受ける
『保険診療』と『自由診療』とは?
上記、インプラントの説明の中で『自由診療』という言葉が出てきました。
歯科治療には、大きく『保険診療』と『自由診療(自費診療)』の2種類に分けられ、以下のように料金や治療内容が大きく異なります。
端的に言うと、『保険診療』は「費用の自己負担が少ない代わりに、材質や治療法・時間に制限がある」であり、『自由診療』は「制限が一切ない代わりに、費用は全額自己負担となる」ということです。
一長一短のため、「どちらの方が良いのか?」というのは、患者の状況によりけりではあります。
ただ、保険診療の場合、治療内容・時間に制限がかかるため、患者(歯)にとってベストとは言えない治療法になることが多くなります。
例えば、前述でご紹介した『ブリッジ』。
保険診療の場合、ブリッジが治療法として活用されることが多いですが、この技法は両隣の歯を削る必要があるため、健康な歯に負担が掛かってしまいます。
もし、ベストな治療法を行うのであれば、自由診療でインプラント治療を行った方が、他の歯にかかる負担は大きく減少します。
もちろん、どちらを選択するかは人それぞれの状況次第です。
診療方法は2種類に大別され、「それぞれにメリットとデメリットが存在する」という点だけ、把握しておくといいかと思います。
歯科技工士の働く場所はどこ?
はじめに
歯科技工士の就職先として挙げられるのは、以下の5つです。
②歯科医院
③総合病院などの歯科技工室
④歯科技工士学校や養成所
⑤歯科器材・材料関連を扱う企業
その中でも特に勤務数が多いのが、①の歯科技工所……次いで②の歯科医院となります。
例えば、平成30年(2018年)の就業場所別の人数は、以下のようになっています。
ご覧の通り、全体の7割以上が歯科技工所に勤務しています。
ちなみに、日本の歯科技工士は世界的にも高い評価を受けており、海外で活躍している日本人歯科技工士もいます。
海外で活躍するためには、相応の知識・技術・経験を必要としますが、実力次第では国内外問わず働くことが可能な仕事でもあります。
以下に、歯科技工所と歯科医院について、もう少し深堀りしてみたいと思います。
歯科技工所
最も勤務人数が多い、歯科技工所。
これは、その名の通り「歯科技工物を製作する施設」のことで、歯科医院や病院から発注を受け歯科技工物を製作……そして納品までの一連の作業を行っています。
また、歯科技工士は独立開業をする人が多いのも特徴の一つであり、歯科技工所で仕事をしつつ、歯科技工技術・労務管理・経営学などを学んで、将来の糧とする人もたくさんいます。
歯科医院
次いで勤務者数が多いのが、歯科医院です。
勤務する医院内で、歯科医師からの指示を受け、詳細な相談を進めながら作業を行っていきます。
歯科医院で勤務するメリットの一つとして、患者の口腔内を観察する機会があるというのが挙げられます。
つまり、自分が製作した技工物の良し悪しを、その場で判断できるということです。
また、「医院で勤務=診療時間が決められている」ということでもあり、歯科技工所に比べ勤務時間が短くなる傾向にあります。
歯科技工士の給与面について
収入は高い?安い?
まず、歯科技工士になるには、国家資格である『歯科技工士免許』を取得する必要があります。
そして、この試験の受験資格を得るためには、所定の学科を修了しなければいけません。
つまり、2年~4年という学校での勉強期間が必要となるのです。
「ということは、給料も良い……?」と思うかもしれませんが、専門的な勉強をし・国家試験を取得して働く仕事としては、給与面は低水準と言わざるを得ません。
肝心の歯科技工士の平均年収ですが、350万円~400万円ほどがボリュームゾーンと言われています。
月給換算すると、30万円前後です。
例えば、同じく国家資格を必要とする他の職業と比較してみると……、看護師の平均年収は500万円ほどと言われており、役職のある医師や院長クラスの歯科医師であれば、年収1000万円を超えるという人もいます。
もちろん、勤務する施設や自身の経験などによっても変化しますが、それは歯科技工士であっても同じことです。
ちなみに、年齢(経験)と共に徐々に収入は増えていく傾向にありますが、
- 初任給:15~18万円
- 20代:20万円強
上記のように、20代の収入はかなり低水準となります。
特に歯科技工所に勤める場合、残業も発生しやすくハードな仕事と言われています。
その仕事量の割に、高額な収入は望めないという声が上がっていることも事実です。
実力次第で収入は増加する?
年収を増加させる方法として、『技術を磨く』ことと、『豊富な経験』が挙げられます(どの職業にも当てはまることではありますが)。
ただ、歯科技工士は、若手の数が少なく就業先も数多くあるのが現状であり、「秀でた特徴」を持っていれば、給与水準が高めかつ待遇の良い職場で働ける可能性が高くなります(とはいえ、条件の良い職場となれば、採用のハードルも高くなりますが……)。
また実力次第では、海外に拠点を置いたり、独立開業したりといった方法も取れます。
上述でもお伝えした通り、歯科技工士は独立開業する人が多いことが特徴です。
ただし、「独立したからといって給与が増加するか?」と言われると、それは自身の努力次第です。
歯医者や企業との信頼関係や、自身の技術次第で高収入を望める可能性もありますし、下手をすれば「独立したものの赤字続き……」となる可能性だってあります。
『大手企業』か『個人経営』か
歯科技工所の規模も様々であり、大手企業から個人経営まで存在します。
この時の注意点として挙げられるのは、『大手企業=最適な職場とは限らない』ということです。
確かに、大手企業の方が、給与水準は高めで待遇面も良い環境であることが多いと言われています。
ただし、組織が大きい職場は、仕事がシステム化(効率化)されていることがほとんどであり、業務が流れ作業的なものになる可能性があるのです。
単調な一部の業務だけを続けていれば、当然技術力は中々向上しません。
対して、個人経営の場合、1人の技術者として様々な業務(技術)に携われる可能性が高くなります(会社によりけりではありますが)。
また技術以外の点でも、労務管理や経営学を学べる可能性もあるため、「独立したい」という目標があるなら個人経営の会社に勤めるメリットも十分にあります。
ただし、個人経営の場合は給与・待遇面は大手企業に比べて低水準となる傾向は強いです。
極論を言うと、『目先の利益』か『将来への投資』か……と言えるかもしれません。
もちろん、どちらが良い悪いということはありません。
大事なのは、『自分が何を求めているのか?』と『将来、どうしていきたいのか?』という点を明確にすることです。
そして、それに合った最適な職場を見つけることが大切かと思います。
技工所で働くと、ずっと作業所にこもりきりなの?
歯科医院や学校で勤務するという場合、なんとなくでも勤務時間や休みのイメージはできるのではないかと思います。
ただ、「歯科技工所で仕事をしている人のイメージができない」という人は多いかと思います。
「ずっと作業所にこもって、技工物を製作し続けているの?」と疑問に思う方もいるかもしれません。
実際はというと、一日中作業所にこもって技工物を製作し続けているという訳ではありません。
中・小規模・個人経営などの場合は、営業活動で外回りも担当している技工士が数多くいます(大きな技工所の場合、営業担当者がいる場合が多い)。
他にも、患者と触れ合う機会を作る技工所もあります。
特に、依頼内容が複雑な場合、実際の患者の口内の様子を同席して確認させてもらったり、装着時の印象を聞くために治療に立ち会ったりという場合があります。
とはいえ、技工所で勤務している人は、やはり歯科医院で働いている人に比べて患者と接点を持つことは少ないです。
やはり、メインとなるのは歯科技工物の製作であり、それに関連する外回りの仕事が多少付随する……このような流れが基本にはなります。
まとめ
「歯科技工士として、長く勤めていきたい」とお考えの方は、自身の技術・知識・経験は常に磨き続ける必要があります。
特に、20代は仕事量に見合った収入は得られないことが多く、ここで挫折して諦めてしまう人が多いと言われています。
また、現状は歯科技工士の数が減っており、特に若い世代の就職希望者が減っていることが問題視されています。
そのため、今後の労働環境や給与・待遇面の改善を求める声が多く上がっているのも事実なのです(この点については、別記事にて詳細をお話したいと思います)。
ただし、歯科技工士の需要は、将来的なことも含め非常に高いものと言われています。
高齢化社会となる現代において、歯の健康は切っても切り離せない重要なものです。
また、年齢を問わず自然で美しい歯を求める声も高まっていますし、歯科技工士の若手参入が少ないからこそ、若手の需要は今後もより高まっていくものと考えられています。
需要はしっかりとあるので、環境改善がされてくれば、今後歯科技工士を目指そうと考える人は増加していくかもしれません。
そうなる前に、今から歯科技工士を目指して勉強をしつつ、他の人よりも一歩リードしておくのも、得策と言えるかもしれません。