理学療法士とは―。医師や看護師を知らない人はいませんが、理学療法士となると、よくご存じの方もいれば、あまりご存じでない方もいると思います。
理学療法士は主に病院や診療所、高齢者施設などで、病気やけが、加齢により身体機能が低下した患者の機能回復を図るために運動療法を指導したり、痛みの緩和やまひの改善を図るために温熱や電気刺激などの物理療法を行ったりしています。
理学療法士はPT(Physical Therapist=フィジカル・セラピスト)とも呼ばれます。辞書の訳はフィジカル=身体的または肉体的、セラピスト=治療士または治療者。こちらの方が身体機能を治療する人だということを想像しやすいでしょうか。
理学療法士は国家資格を持つ専門職です。その技能を生かし、最近では高齢者の身体機能低下の予防やメタボリックシンドロームの予防、スポーツ分野での選手のパフォーマンス向上などにも関わり、活躍の場は広がっています。詳しくご紹介します。
理学療法とは
まず、理学療法とは何かについて見ておきましょう。
理学療法士の資格について定めた「理学療法士及び作業療法士法」は、「理学療法」の定義を「身体に障害のある者に対し、主としてその基本的動作能力の回復を図るため、治療体操その他の運動を行なわせ、及び電気刺激、マッサージ、温熱その他の物理的手段を加えること」としています。
理学療法の対象は
理学療法の対象は、脳性まひ、事故や病気による障害、脳卒中後遺症や老化による障害などさまざまです。対象年齢は小さな子供から高齢者まで全世代にわたります。さらに、けがや病気の予防、スポーツのパフォーマンス向上など、健康な人にも理学療法は活用され、その対象は広がっています。
理学療法の対象となる具体的な疾患には次のようなものがあります。
理学療法士の歴史
理学療法士が誕生したのは今から50年余り前のことです。その歴史を少しひも解いてみましょう。
2016年に設立50周年を迎えた日本理学療法士協会の記念サイトは、国の1960年度版厚生白書が、医学的リハビリテーションの重要性に言及したことを捉えて、「日本の理学療法(士)の歴史はここからはじまります」と紹介しています。同協会は、理学療法士が集う唯一の職能団体です。
白書の冒頭、総論の第三章「厚生行政の展望」の中の第三節「医療保険制度と公衆衛生活動(特に疾病予防対策)」に、次のように書いてあります。
「医療保険制度と公衆衛生対策との不均衡な発展を是正し、わが国の医療保障制度をさらに一段と推進するためには、(中略)医療費の保障制度の充実と並行して総合的な見地から疾病の予防、治療およびリハビリテーションを一貫する有機的な対策を推進していくことが強く要請される」
同文は、理学療法を念頭に「疾病の予防、治療およびリハビリテーションを一貫する有機的な対策を推進していくことが強く要請される」と強調しています。
第1回国家試験は1966年
以下、同サイトを参考にしますと、1965年に「理学療法士及び作業療法士法」が交付・施行され、翌1966年、第1回理学療法士国家試験が実施されました。183人が合格しました。
また、法律施行に先立つ1963年、日本で最初の理学療法士・作業療法士養成校として、国立療養所東京病院付属リハビリテーション学院が東京に開設されました(2008年閉校)。
当時の日本には理学療法士養成に必要な教科書や人材が不足していたため、教員はアメリカやイギリスから招聘(しょうへい)、講義も教科書もすべて英語。日本人による教育が行われるようになったのは1970年代以降とのことです。この分野における大きな転換点だったことがうかがえます。
理学療法士になるには
まず養成校に入学
理学療法士は国家資格です。このため、資格を得るには、必要な知識と技能を養成校(大学、短大、養成施設など)で3年以上修得し、国家試験に合格して免許を取得しなければなりません。
さらに、日本理学療法士協会が理学療法士を対象に設けている認定資格として、認定理学療法士、専門理学療法士もあります。
これらの資格は専門能力の向上を図るのが狙いで、認定理学療法士は基礎理学療法、神経理学療法、運動器理学療法など7つの専門分野のうち1つ以上の専門分野に登録し、専門的臨床技能の維持や職能面における理学療法の技術などを高めていくことを目的としています。
専門理学療法士はこの7つの専門分野のうち1つ以上の専門分野に登録し、研究能力を高めていくことを目的としています。
理学療法士は現在、全国にどれくらいいるのでしょうか。内閣府の2020年版障害者白書によると、理学療法士の資格登録者数は2019年12月末現在で17万2252人となっています。同白書は、理学療法士などの「リハビリテーション等従事者」について次のように述べています。
「高齢化の進展、疾病構造の変化等に伴い、リハビリテーション等の必要性、重要性が一層増してきている。そのため、専門的な技術及び知識を有する人材の確保と資質の向上を図っていくことが重要である」
理学療法士に関しても、まだまだ人材が必要とされていることがうかがえます。
理学療法士の仕事
理学療法士は医療において、どんな位置づけにあるのでしょうか。「理学療法士及び作業療法士法」は、理学療法士の定義を「厚生労働大臣の免許を受けて、理学療法士の名称を用いて、医師の指示の下に、理学療法を行なうことを業とする者をいう」としています。
「医師の指示の下に」とあります。どういう意味でしょう。医師法は「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定めています。医療行為として行われる理学療法は、医師の指示に基づいて行われなければなりません。
治療プログラムの作成
理学療法士は、医師から指示された理学療法を踏まえて、患者の筋力などを確かめ、患者の障害の状況を評価、理学療法の目標を立て、ほかの医療従事者とも連携、最適な治療プログラムを作成します。
運動療法の実施
身体機能の改善を目的に体操や運動を行い、筋力を付けたり、バランス感覚や持久力を養ったりします。
日常の基本的動作能力の改善
歩く、立つなど、日常生活に欠かせない基本的動作の能力を改善します。
痛みの緩和、まひの改善
温熱や電気刺激などの物理療法も用いながら、痛みの緩和やまひの改善を図ります。
福祉機器、住宅改修の助言
自宅などで快適に生活が送れるよう、福祉機器の選定や住宅改修について助言します。
社会復帰や自立を支援
その人らしい生活が送れるよう他の医療職と連携しながら、社会復帰や自立の支援を行います。
こんなデータもあります。理学療法士が日々、現場でどんな仕事に従事しているのか、厚生労働省職業情報提供サイト(日本版O-NET)が理学療法士のタスクとして紹介しています。頻度の高いものを以下に挙げます。
- 身体機能を維持・改善するため、患者に筋肉の運動をさせる。
- 患者の筋力、運動能力、知覚、呼吸・循環器系統の能力を検査し、評価。
- 患者および家族に対し、家庭でのリハビリ方法を指導。
- 松葉杖(づえ)、杖、義肢など補助器具を使用した身体活動について指導。
- 患者のデータに基づき、治療プログラムを作成。
- 運動療法の効果を評価し、目標と方法の調整をするために他の医療関係者と情報交換。
- 患者の理学療法診療録に処置、反応、改善状況を記録し、情報を管理。
- 医師の処方や患者の状況、診療記録を検討し、必要な療法を定める。
活躍の場所
理学療法士は以下のような場所で活躍しています。
日本理学療法士協会ウェブサイトが、会員12万5372人(2020年3月末現在)について、施設ごとの分布を公開しています。最も多いのは病院、診療所などの医療施設で8万2819人。全体の3分の2を占めます。
参考までに会員の男女の内訳は、男性が7万6190人で平均年齢34.4歳、女性が4万9182人で平均年齢33.5歳となっています。男女比を計算すると6対4になります。
理学療法士は、患者が病気やけがで入院した直後から元の生活に戻るまで、各段階に応じた理学療法を提供します。また、医療施設だけではなく、地域やスポーツなどさまざまな場で活躍の機会があります。理学療法士はそれぞれの現場で理学療法を必要とする人たちとどう関わっているのでしょうか。
医療施設で
患者の急性期、回復期、生活期の各段階に応じた理学療法を提供します。
急性期においては、廃用症候群(筋力低下、関節が固くなる)や床ずれを防止し、心身機能の改善や日常生活動作(ADL)の向上を図ります。患者が24時間体制で治療を受けている集中治療室などでも理学療法士は活躍しています。
回復期においては、状態が安定し、機能回復に向けて理学療法が積極的に行われます。生活復帰や社会復帰を目標に歩行や日常生活に必要な動作の獲得のための治療を実施します。
生活期においては、自宅や施設などでその人らしい生活を送れるようサポートします。獲得した動作の維持・応用について指導します。また、福祉用具の選定や住宅改修について提案します。本人の能力を生かした介助方法についても家族に指導します。生活の質(QOL)の向上を目指します。
介護予防で
地域の介護予防、コミュニティーづくりにも関わっています。体操教室や講座を開催するなどして、障害や疾患を踏まえた運動指導や生活指導を行っています。
地域で
介護が必要になっても住み慣れた地域で最後まで暮らし続けたい―。そうした人たちに運動機能を維持・改善する療法を提供し、支えます。訪問リハビリテーションなどがその機能を果たしています。さまざまな専門職と連携も図りながら取り組んでいます。
スポーツで
運動選手が高いパフォーマンスを発揮できるようフォームの指導を行います。プロスポーツチームに所属している理学療法士もいます。
災害現場で
日本理学療法士協会は活動の一つとして災害支援活動を掲げています。大規模災害発生時に、被災地で不自由な生活を強いられている住民に対し、健康維持のための支援活動を行っています。避難所生活では、運動不足による身体機能の低下などが起きます。理学療法士が現地に行き、体操指導や環境整備、助言などを行っています。
理学療法士を扱った作品など
一つの職業を知るのに、それを扱った作品を見てみるのも手です。
映画
2018年に公開された映画「栞-shiori-」は、病院を舞台に理学療法士の青年の葛藤と成長を描いた物語です。元理学療法士という榊原有佑監督が、理学療法士時代に経験したことや感じたことなど、実話を基にした作品です。
あらすじです。理学療法士の高野雅哉は真面目な性格で、献身的に患者のサポートに取り組んでいました。その雅哉が働く病院にしばらく会っていなかった父親が入院します。父親は日に日に弱っていきます。担当する患者の病状が悪化していくのを前に、理学療法士として何ができるのか無力感に苦しむ日々を送ります。そんなとき、ラグビーの試合中にけがをして入院した若者の担当になりました。若者の懸命に生きようとする姿に触発され、少しずつ仕事への熱意を取り戻していきます。
理学療法士を正面から捉えた希少な映画作品と言えるでしょう。
書籍
「脳卒中患者だった理学療法士が伝えたい、本当のこと」(小林純也著、三輪書店)は、23歳で脳卒中を発症し、30歳で理学療法士となった著者が、経験をもとにリハビリに生かすための「患者の本当」を語っています。医療職を目指す学生から経験豊富なベテランまでを読者として想定しています。
ウェブメディア
日本理学療法士協会が運営するウェブメディア「リガクラボ」は、理学療法や理学療法士を巡るさまざまな話題を提供しています。
「イベント・キャンペーン」「健康・医療」「暮らし・ライフスタイル」「地域(介護)」「仕事」「理学療法士」などのコーナーがあり、健康や介護などに役立つ情報を発信しています。
「理学療法士」のコーナーでは「若手理学療法士に聞きました!仕事の悩みや将来の夢は何ですか?」といった特集記事を載せるなどしていて、これから理学療法士を目指そうという人にも参考になりそうです。
まとめ
高校生の就きたい職業
全国高等学校PTA連合会とリクルートマーケティングパートナーズが合同で、全国の高校2年生とその保護者を対象に実施した「第9回高校生と保護者の進路に関する意識調査2019」で、理学療法士は「理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・リハビリ」というくくりにはなりますが、「将来就きたい職業」の10位に入りました。
保護者が「就いてほしい職業」でも10位でした。「理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・リハビリ」を選んだ保護者のコメントがありました。「AI時代になっても、人対人の仕事なので、なくならないと思うから」(男子高校生の母親)、「国家資格をもつやりがいのある仕事。なにより本人がこの仕事に興味」(女子高校生の母親)と語っています。
安定性や国家資格、やりがいなどが選択の理由でしょうか。業界にとっては明るい材料になりそうです。
中盤で触れましたが、内閣府の障害者白書が「高齢化の進展、疾病構造の変化等に伴い、リハビリテーション等の必要性、重要性が一層増してきている」と述べている通り、理学療法士の人材確保は社会の要請とも言えるでしょう。ますます活躍が期待されるところです。