本来、労働基準法に定められている労働時間は、原則として「1日8時間、1週40時間」とされています。
しかし、介護や医療の業界は不測の事態にも対処できるよう、24時間体制で施設を運営しているところも少なくありません。
この24時間体制で運営する施設は、「交代制」を採用して24時間体制を維持しています。
しかし、上記記事内でご紹介した通り、二交代制の夜勤の勤務時間は“17時間前後”であり、労働基準法で定められた労働時間を大幅に上回っています。
「これって、もしかして違法になるんじゃないの……?」と感じる方もいるかもしれませんが、その点は大丈夫です。
こういった24時間や長時間勤務を余儀なくされる事業所・企業では、「変形労働時間制」というものが採用されているのです。
今回は、この「変形労働時間制」の特徴やメリット・デメリット。
そして、その他の労働時間制度との違いについて、詳しくご紹介していきたいと思います。
「変形労働時間制」って何?
求人・転職サイトで情報を確認していると、時折現れる「変形労働時間制」という文言。
人によっては、「シフト制のこと?」と思うかもしれませんが、この2つは似て非なる制度です(その詳細は後述にて)。
まず、「変形労働時間制」というのは、“業務量に合わせて、労働時間を柔軟に調整できる制度”のことを言います。
例えば、介護や医療などの24時間体制+二交代制で施設を運営していた場合、冒頭でも記載したように“夜勤の勤務時間は17時間前後”となってしまいます。
労働時間は、1日8時間・1週40時間と定められているのに、これでは労働基準法違反となってしまいます。
そこで、法定労働時間を“1週間/1ヶ月/1年などの単位で調整する”ことで、1回の勤務時間が増加しても労働基準法の違反として扱われなくなるのです。
この制度のことを、「変形労働時間制」と言います。
どういった施設・企業で採用されるの?
「変形労働時間制というのは、あまり馴染みがない」と感じる人もいるかもしれませんが、意外と多くの企業で採用されています。
最たる例は、上記でもご紹介した“24時間体制で施設を運営する医療・介護業界”です。
入院施設のある病院・病棟、有料老人ホーム、グループホームなど、特に医療や介護の業界で採用されることが多い制度ではあります。
また、その他の業種(事業所や企業)でも、“閑散期”(暇な時期)と“繁忙期”(多忙な時期)がほぼ明確に分かれてしまうところもあります。
こういう企業の場合、繁忙期に1日の労働時間が8時間を超えることが多々あるため、変形労時間制を導入し、月or年単位で勤務時間の調整を行っているのです。
変形労働時間制には、”4つ”のタイプが存在する
これは、“どの単位(期間)で労働時間の調整を行うか?”の目安となるもので、以下の4つのタイプが存在します。
②1年単位(変形労働時間制)
③1週間単位(非定形的変形労働時間制)
④フレックスタイム制
2021年時点では、①か②が採用されることが基本となるかと思います。
特に、医療(看護)や介護業界は、①の1ヶ月単位での変形労働時間制となることがほとんどです。
そして、③の「非定形的変形労働時間制」というのは、“日々の業務において繁閑の差が大きく、1ヶ月単位の変形労働時間制でも対応が難しい”という場合に採用されることがあります。
この③を採用することができる事業は、以下の条件をすべて満たしている場合のみ可能となります。
2.1.を予測したうえで、就業規則等により各日の労働時間を特定することが困難であると認められる「小売業、ホテル・旅館業、料理店、飲食店」
3.常勤の労働者数が「30人未満」であること
ただ、この1週間ごとの変形労働時間制を採用している事業所・店舗はほんの一握りです(採用条件も厳しい)。
少し余談となってしまいましたが、「こういうタイプもある」ということを知る機会になればと思い、ご紹介させていただきました。
最後に、④のフレックスタイム制ですが、医療・介護の業界ではまだそれほど浸透していない制度ではあります(デザイナーやエンジニアなどの職種に用いられることが多い)。
ただ今後はどうなるか分からず、少しずつではありますが、導入の動きを見せている事業所もあるようです。
このフレックスタイム制については、改めて別の記事で詳しくご紹介していければと思います。
「所定労働時間」と「法定労働時間」との違いはなに?
「労働時間」という概念には、変形労働時間制以外にも、以下の2つが存在します。
◆「所定労働時間」
これらは、名称が異なる通り、その言葉が持つ意味合いも大きく違っています。
この項目にて、それぞれの違いをご紹介していきたいと思います。
「法定労働時間」とは?
“法”で”定められている”と記載されている通り、これは「労働基準法32条」で定められた労働時間のことです。
つまり、冒頭でも記載した「1日8時間、1週40時間」のことを指しています。
これが“労働時間の上限”となっており、企業側が絶対に守らなくてはいけない法律ということになります。
この時間を超える=法定労働時間外労働となり、それが世間一般に認知されている“残業”という概念になります。
ただし、この“法定労働時間を超える仕事=残業”を労働者に課す場合、企業側は「36協定」を結ばなくてはいけません。
この「36協定」とは一般的な通称であり、正式には“労働基準法36条に定められた「時間外および休日労働」のこと”を指しています。
これが認められるまでの流れは、
②協定の中で時間外労働や休日労働について定める
③行政官庁に提出、それが受理される
こうすることによって初めて、法定労働時間を超える所定労働時間が認められることとなります。
ちなみに、上記が受理されたからと言って、“無制限に労働時間を増やせる”という訳ではありません。
1ヶ月の法定労働時間外労働は、“45時間”が限度と決められているのです。
また、仮に「36協定」を結ばないまま労働を行ってしまうと、法で定められた制度であることから、当然“罰則”が適用されてしまいます。
「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科せられることとなるので、企業側はこの点には注意しなくてはいけません。
「所定労働時間」とは?
「法定労働時間」が“法で定められている労働時間”であったのに対し、「所定労働時間」は“労働契約や就労規則の中で企業が定めた就労時間のこと”を指しています。
これは“労働者と企業との契約の中で定める”こととなるため、所定労働時間は(双方が納得できる範囲で)自由に決めることが可能となっています。
ただし、当然ながら法定労働時間で“勤務時間の上限”が定められているため、原則として“定められた勤務時間以下の時間”を企業側は設定しなければいけません(=1日8時間以下、1週40時間以下となる)。
余談ですが、例えば「始業時間が”9:00″」で「終業時間が”18:00″」だった場合、この始業時間~終業時間までのことを「勤務時間」といい、所定の休憩時間(この場合1時間)を除いた時間のことを「労働時間」と言います。
それぞれ言い方が違うので、この点も把握しておいても損はないかもしれません。
「シフト制」との違いはなに?
「シフト制」というのは、“労働者が交代で勤務する勤務(就業)形態”のことを言います。
つまり、以前の記事でもご紹介した「交代制」と同じ意味を持ちます。
そして、もちろんこのシフト制(交代制)にも、“労働基準法が適用”されます。
この2つの最大の違いは“仕事の状況・時期に応じて、働き方を変えることができる”という点が挙げられます。
例えば、変形労働時間制は、「繁忙期」と「閑散期」が明確であれば、その時期(状況)に応じて、労働時間を調整することが可能です。
対してシフト制は、“法定労働時間を超えないように”、複数人で決められたシフトパターンを交代制で回していくものとなります。
どちらも“多様な働き方に対応する”という点では共通している点もありますが、意味合いには若干の違いがあり、状況に応じて“この2つを併用して活用する”と言った柔軟な活用も可能となるのです。
変形労働時間制の”メリット”と”デメリット”について
どんな物事にも、メリットがあればデメリットも存在します。
それは「変形労働時間制」であっても例外ではありません。
この項目にて、変形労働時間制の”メリット”と”デメリット”をご紹介していきたいと思います。
変形労働時間制の”メリット”について
変形労働時間制の最大のメリットは、上述でもお伝えしたように“多様な働き方に対応できる”という点にあります。
加えて、“仕事にメリハリをつけることができる”という点も、メリットとして挙げられます。
例えば、法定労働時間に固定(=1日8時間勤務)していれば、閑散期であっても繁忙期と同じ給与を支払うことになりますし、逆に繁忙期に残業が発生した場合には“残業手当”も発生してしまいます。
それに、そもそも二交代制などの“夜勤の長時間労働”などには対応することができません(労基法の違反となる)。
しかし、変形労働時間制を採用することにより、“忙しい時”と“時間に余裕がある時(暇な時)”にメリハリをつけることができるようになります。
こうすることで、企業にとっても労働者にとっても“時間を効率的に活用することができる”のです。
また、上記でも少し記載した通り、企業側としては“繁忙期時の残業代を削減することができる”という点も大きなメリットの一つとなるでしょう。
変形労働時間制の”デメリット”について
デメリットは、大きく以下の2つが挙げられます。
②「残業手当」が発生しない可能性がある
少し極端な例となってしまいますが、例えば“閑散期の労働時間を5時間”とし、“繁忙期の労働時間を11時間”と設定した場合、当然繁忙期に労働者に掛かる負担は大きくなってしまいます。
加えて、この制度を採用していれば、8時間を超える労働時間が発生しても、残業にはなりません。
つまり、“残業手当が発生しない”のです。
企業側としては、キチンとした制度を導入しメリハリをつけて労働時間を調整しているので、法律に違反することはなく何の問題もありません。
ただ、労働者側としては、「長時間労働しているのに、残業代も出ない……」とデメリットを感じてしまう可能性もあるかもしれません。
この点については、企業側が「どういう勤務形態を採用しているのか?」をしっかり確認・把握しながら、理解を深めていくしか方法はないかと思います。
まとめ
働き方改革の影響もあって、現在は「雇用形態」・「勤務形態」ともに、多様な働き方ができるようになりました。
企業側も労働者側も、各メリット・デメリットをしっかり把握しておかないと、法律違反はもちろん、何かしらのいざこざが発生する可能性もあるかもしれません。
この制度は、業務量の変化に対応しながら柔軟に勤務形態を調整できるのが大きなメリットとなるため、今後も導入する企業が増えてくる可能性は高いと考えられています。
特に労働者側は、その内容を理解していないとかなり複雑かつ厄介な制度となりますので、「自分が勤務している企業の勤務形態がどうなっているのか?」はしっかりと把握しておいた方がいいかと思います。